感想のページ 作者「う」

安達ヶ原の鬼密室

歌野晶午
講談社文庫
(2007.12/14読了)

いえ、そうではないのです。もしも、万が一ですよ、真相がわからなかった場合には、適当なお話を作っていただきたいのです

『安達ヶ原の鬼密室』本文より

葉桜の歌野晶午の『安達ヶ原の鬼密室』。

昭和20年代に起きた「鬼」が起こしたという一晩で7人が殺された事件などいくつかの話をまとめた構成の『安達ヶ原の鬼密室』。
ある種、ひとつのまとまりはあるんだけども、1冊の本としてこれはどうかな…、と。

最初の事件が解決される直前で次の話に移行し、その話のラストが分かるのはずっと後っていうのはな…
確かに事件自体がとても魅力的なものだから、続きがどうなるんだよーーというふうにはなるんだけれども、いざ解決編を読むとところどころ忘れていたりしたのが残念。

一気に一冊読めるような時間がある時に読めたらとても楽しめたとは思うんだけども。

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ガラス張りの誘拐

歌野晶午
角川文庫
(2007.6/11読了)

警察が私の言葉すべてを公表するとはかぎらない。それなのにメディアは、すべてを知っているかのような顔をして私を分析し、批判する。結果、世に出て行く私と真の私の間にずれが生じる。これでは憶測飛び交う現在の状況となんら変わらないではないか。

『ガラス張りの誘拐』本文より

歌野晶午の『ガラス張りの誘拐』。

その名のとおり誘拐事件を扱ったミステリなのだが…

なぜか解決編からはじまる。
犯人の自供。
なぜ自分は殺人に至ったか、その心情を警察に捕まる前に手紙でマスコミに流した。

おいおいおい、解決編からはじまるのかよ。
そんな不思議な構図。
しかし、犯人は誰なのかは分からない。
それでも、続く事件。
そして誘拐事件へ。

ポカーン。
こういうことだったのかよっ。
だから自供からはじまるのか…

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さらわれたい女

歌野晶午
角川文庫
(2008.12/6読了)

「私を誘拐して、主人に脅迫電話をかけてほしいんです」
もう一度つぶやき、女はゆっくり顔をあげた。
ガルボ・ハットのつばが、ふわりと揺れた。
それが、小宮山佐緒里という女との出会いだった。

『さらわれたい女』本文より

1991年に書かれた『さらわれたい女』。
解説は法月綸太郎。

えぇ。そのまんま「さらわれたい女」です。
誘拐を便利屋に持ちかけた女。
そして便利屋は実際に誘拐の電話を女の主人であり、会社の社長へと電話をかけるのだが。

あまりに完璧な誘拐計画。
だが、その誘拐はあまりに予想外な方向へと向かって爆走していく。

途中からページを捲る速度が異様にはやくなっていく。
先が気になって気になって仕方ない。

やはり歌野晶午だけにただの誘拐犯罪だけに終わらないとは予想していたが…

ただの「誘拐」が劇的に変化してからの展開が面白すぎる!

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ジェシカが駆け抜けた七年間について

歌野晶午
角川文庫
(2008.11/23読了)

「競技場で殺人を実行するのは不可能です。分身でもいないかぎり」

『ジェシカが駆け抜けた七年間について』本文より

歌野晶午の『ジェシカが駆け抜けた七年間について』。
解説は千街晶之。

またえらく長いタイトルだよな(笑
『葉桜~』もそうだけど。

さて、どういったもんか。
申し分なく面白い。
しかし、それをどう説明したもんか。

のっけから語られる「もし分身がいたら」という話。
西澤保彦みたいなミステリへと突入するのかと思ったのも少しだけの間。
それ以降はジェシカのいる陸上競技のクラブチームの話がたんたんと語られ、実際に死人がでるのは中盤に入ったくらいだろうか。

そこからいわゆるミステリのように探偵が出てきたり、謎解きがされるわけでもない。

ただ漠然と「謎」だけが置かれる。

それこそ「分身」でもいない限り実行不可能。

謎はそれとなく、しかし整合性のある解答が読者の前に提示される。

そういうことか!?という驚きというよりは「なるほど。こういうことだったのね」という感じ。
謎が放置されたまま頭のなかがもやもやしているところに、手品のタネを明かしてもらったときのように納得できた。

それがまた気持ちいい。
ミステリらしさはほとんど感じられないが、実にミステリ的に紐解かれる内容が素敵な作品でした。

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世界の終わり、あるいは始まり
The End of the World, or the Beginning.

歌野晶午
角川文庫
(2007.6/20読了)

顔見知りのあの子が誘拐されたと知った時、
驚いたり悲しんだり哀れんだりする一方で、
わが子が狙われなくてよかったと胸をなでおろしたのは私だけではあるまい。

『世界の終わり、あるいは始まり』本文より

自分の子供がもしかしたら世間で騒がれている連続誘拐殺人事件の関係者かもしれない。
いや、もしかしたら犯人なのかもしれない。
子供はまだ小学生。
未来に夢を持っている我が子に限ってそんなことはありえない。

そんなショッキングな場面からはじまる物語。

あぁもう。
またか。
また歌野晶午の本だ。
下手に内容を語れるものじゃなかった。

親から見た心理はすごくおもしろかった。

親って子供のことをどれだけ知ってるだろう。
自分が子供のときっていうのもあんまり学校のことは親に話さなかった気がする。
話したのは結構表面的なこととか、おもしろかったこととか。
もちろん話さなかったことの方が圧倒的に多い。
そりゃあ秘密だっていっぱい持ってた。
絶対親にもばれてない(笑
親の気持ちなんて全然考えられてなかった。
そんなに器用でもなかったし。

ミステリとして、そしてこの本自体に隠された仕掛けも最高に楽しめるんだけど、そのほかにも「親と子」ってなんだろうって考えさせられた。

以下ネタバレあり。


なぜ、冒頭の引用があったのか。
その章の冒頭の引用がなくなってから話が飛び飛びになるのか。

それこそが、この本のトリックである。

驚いた。

だからどうした?と言って終わってしまうような内容である気もするけど逆に仕掛けられたトリックこそがこの本の真髄じゃないだろうか。

答えのない問い。

つまり「どうすれば悲劇を回避できるのか。また何が一番よい解決なのか。あなたならどうする?」ということなんじゃないかな。

知らなくていいこと。
知らなきゃいけないこと。
分かってあげないといけないこと。

情報はすべて自分の行動によって選択できる。

この本を読んで読者はなにを思うか、ってことこそが自分の内面の謎と向かい合わされるという最大のミステリなのかも(笑

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長い家の殺人(新装版)

歌野晶午
講談社文庫
(2008.6/3読了)

冗談じゃない! これは殺人事件なんだぜ。百パーセントの推理が組みあがるまでは何もいわない、いえるもんか。

『長い家の殺人(新装版)』本文より

ごもっとも。
こういう文が含まれることが時代を感じさせるよなぁ。

歌野晶午の88年のデビュー作『長い家の殺人』の新装版。
解説はノベルス版の時と同じ文章である島田荘司のもの。

新装版刊行にあたってという歌野晶午による序文が含まれた他には誤字脱字修正以外はほとんど変更点はなしだそうです。

消失したはずの死体が元の場所に戻る。
そんなメイントリックを使ったミステリ。

なんか読んでいてひどく懐かしい感覚に浸れた。
ちょうど新本格ミステリのブームが訪れるもっとも初期。
その頃だけに今のようにややこしかったり、ミステリ以外の要素を多く含んだり。

そういうこともほとんどなく、ただ単にミステリを楽しめる本だと思う。
コンパクトな内容で、かつ楽しめる。
それでいてトリックもかなり大胆なものでした。

昨今の歌野晶午の作品とはかなり作風が違って驚いた。
ここまで真正面からミステリを描いていた時期もあったのか…

あと音楽に詳しかったのは意外だった。

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葉桜の季節に君を想うということ

歌野晶午
文春文庫
(2007.5/15読了)

『でも』は言うなよ

『葉桜の季節に君を想うということ』本文より

このセリフ結構好きです。

文藝春秋のミステリーマスターズから出ていた『葉桜の季節に君を想うということ』が文庫化。
2004年の「このミス」こと「このミステリーがすごい!」の1位。

当然3年前には噂はそりゃもう聞き及んでいた。
けれども単行本ということから読むのを後回しにしているうちに3年が過ぎて文庫になった。

ここまでくればもう買って読むしかあるまい。

帯を見る。

「あまり詳しくはストーリーを紹介できない作品です」

…………そこまでなのか。

心して読んでみた。

いや……コレは…………

確かに説明できない。
あらすじを言った瞬間にネタバレしそうで怖い。
いや、違う。
真相を知った上であらすじをうまいこと語れるのだろうか。

そんな全編がミステリのような本である。

本格ミステリか?と問われるとそうだとは言い切れないような。
でも、これほどまでに騙されることに対して狂喜乱舞でえぇぇぇぇえぇ、となれるようなそんな本だった。

これがあの「葉桜」か。
納得した。

そりゃ大抵いろんなところでみる簡単な書評が高評価なわけだ。

未読のミステリ読みは一度は読んでみるべきものかもしれません。

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家守

歌野晶午
表紙イラスト:松本圭似子
光文社文庫
(2007.9/7読了)

声がする。
―オマエガイケナイノダ
頭の中で繰り返される。
―オマエガイケナイノダオマエガイケナイノダオマエガイケナイノダオマエガ

『家守』本文より

歌野晶午の連絡短編集『家守』。
また歌野晶午orz
いや、おもしろいからいいんだけども。
母から次々に貸される歌野晶午ものは多分これでラストのハズ。

収録作品
・人形師の家で
・家守
・埴生の宿
・鄙
・転居先不明

表紙からして('A`)
気持ち悪いような雰囲気がにじみ出ているが、よくこの本を一言で表したような感じに仕上げてきたよなぁ。
まさにこんな感じ。
家に囚われ、同じ家に住んでいても理解しあえないかのように背を向け合っているとことかすっごくいい。

収録されている短編はどれも恐ろしく不気味。
ある一点から急に日常から非日常に突き落とされたような感じがする話が多かったように思う。

本のタイトルでもある『家守』が最もよく表しているように、どれも『家』が重要な役割を果たしている。
そしてそんな『家』の住人たちはみな何らかの理由で屈折し、捻じ曲がっていく。
傍から見れば、彼らは何の変哲もない普通の人間なのだが。

そしてそんな非日常に至る人間ドラマがどれも秀逸だった。
特に最初の2編「人形師の家」や「家守」が。

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オイレンシュピーゲル EULEN SPIEGEL 壱
Black & Red & White

冲方丁
イラスト:白亜右月
角川スニーカー文庫
Theスニーカー連載
(2007.6/7読了)

なーんか世界とか救いてぇ--……

『オイレンシュピーゲル 壱』本文より

冲方丁の「オイレンシュピーゲル」。
富士ファンタジア文庫の「スプライトシュピーゲル」と同じ世界観での話。

2016年のウィーン。
警察組織の犬となり、行動する三匹の犬=ケルベロス。
彼女らは全身を機械化し、治安を守る番犬として存在していた。

彼女らがまだ幼い少女(とは言っても幼少ではない)でありながら、なぜ戦うのか。
11歳以上に労働を与えた政策。
なかでも障害のある者には機械の体を与え働けるようにした。

そんな彼女らだからこそ、バイオレンスな展開や戦いの中でも楽天的に生きられているのだろうか。
なんかそのギャップがある種の残虐性でありダークさの裏返しであるような気もするなぁ。
ライトでありながら、重苦しい世界観だと少し感じた。

「マルドゥック・ヴェロシティ」の時もそうだったけれども、小説なのにうものの動きというものに重点を置くようになった気がする。
まるで映像的な動きを小説上で表現してしまうという。
だから中身がものすごいアクション的なものに感じられる。
いくつかのアニメに関わってからだよなぁ、この技法を冲方丁が使い始めたのって。
あの表現方法いいよなー

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オイレンシュピーゲル EULEN SPIEGEL 弐
FRAGILE!! / 壊れもの注意!!

冲方丁
イラスト:白亜右月
角川スニーカー文庫
Theスニーカー連載
(2007.6/7読了)

要するに、テロ屋どもが何をしでかそうと、連中の母国に制裁を加えることも出来ない。抑止カードをあらかじめ喪失した、それだけ敵の退路もない、没交渉に等しい捜査だ。

『オイレンシュピーゲル 弐』本文より

死に至る悪ふざけ=『オイレンシュピーゲル』2巻。

テロや犯罪が多発するミリオポリス。
そんな現場で犯罪者を摘発するために働く少女たち。
彼女らの今度の相手は7つのテログループ。
相手はオーストリアに核をぶち込もうとしている奴ら。

 

さて、これはライトノベルレーベルから出すべき小説なのだろうか。
舞台は2016年。
近未来で体を改造された少女たちがテロや犯罪者相手に戦う痛快ノベルである。
…だが、

世界の様相などを見る限り決して近未来ってのじゃないよな(苦笑
現代と過去が入り混じってる気がする。

ある老人が舞台のミリオポリスを「ソドムとゴモラ」に例えたようにどうしようも救いのない世界である。
浄化しか世界に地球には救いはないと考えたのも分からなくはない。
近未来の保障制度、労働の基準。
どれを考えてみてもどこか破滅的なのである。

確かにケルベロスの三人娘は正論を謳っているし、彼女らの上官の判断も分からなくはない。
けれども、この世界どう考えてもおかしい。
彼女らの視点を通して世界を語っているのを客観的に見てるからかもしれないけど。

そしてこれが現代社会を軸に未来がこうなる危険とかもあるよね、と言っているような気がしなくもない(笑
特甲児童を徴兵なんて単語におきかえると、ね(笑

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オイレンシュピーゲル EULEN SPIEGEL 参
Blue Murder

冲方丁
イラスト:白亜右月
角川スニーカー文庫
Theスニーカー連載
(2007.11/2読了)

いったん葬った願いを、俺のような男が思い出すってのは、つまり別の人生もあったんじゃないかって思い始めることでな。それが良き人生への扉となるか、それとも地獄の蓋が開くことになるかは、神のぞ知るところさ

『オイレンシュピーゲル 参』本文より

冲方丁の『オイレンシュピーゲル』3巻。
表紙は陽炎。

3巻はオイレンのMPD3人娘のそれぞれがメインの話が収録。
特にラストの涼月の話は、物語の核へと至る引き金となった話とも言えるんじゃないでしょうか(゜Д、゜)

特甲児童という特殊な存在に焦点を色んな視点から当てながら物語が進み、そして驚愕のラストが待っていたわけですが、真実に気づいた彼女らがどう考え行動していくかというのが今後の展開なんだろうと思う。

いよいよ面白くなってきたとしか言えないな(笑

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オイレンシュピーゲル EULEN SPIEGEL 肆
Wag The Dog

冲方丁
イラスト:白亜右月
角川スニーカー文庫
(2008.5/13読了)

人生は暗闇の中の光だ。無名の死者たちの墓標は光に満ちている。殉教者なんて言葉を使うまでもない。あらゆる国のあらゆる無名の人々の生涯こそ、真に尊重すべきものだ

『オイレンシュピーゲル 肆』本文より

『オイレンシュピーゲル』4巻。
『スプライトシュピーゲル』とこれまで以上に密接に関わるエピソードを収録。

基本的に『スプライトシュピーゲル』とほぼ感想は同じなんだけれども、やはり国の成り立ち・民族間の争いの根本などをしっかり描いたところは素晴らしいと思う。
それこそ未来ではなく「今もなお」続いていることそのものでもあるし。

1巻からあった涼月の言葉「なーんか世界とか救いてぇ」というフレーズも急に意味を帯びだしたいへん楽しみでございます(笑

さてなんとなくこのオイレンシュピーゲルの行く先が理想的な国家であり・世界を目指しているような感じがしてきましたが、そうはなかなかいかないのが現実問題。
世界には国家があり、民族がある。
その間での平和は果たして成立するのか。

無垢な少女たちが気づいた現実と理想の世界のギャップを理解しながら、どう世界と関わっていくかに非常に期待です。

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スプライトシュピーゲル SPRITE SPIEGEL 1
Butterfly & Dragonfly & Honeybee

冲方丁
イラスト:はいむらきよたか
富士見ファンタジア文庫
ドラゴンマガジン連載
(2007.2/6読了)

身体に障害を持った者を機械化することで有用な労働者としたとき、最も増えるのが戦争従事者であることは、ずっと以前から予想されていた。

『スプライトシュピーゲル 1』本文より

冲方丁の「スプライトシュピーゲル」1巻。
「オイレンシュピーゲル」と同じ世界観での話。

超少子高齢化による児童にも与えられる労働の権利。
その中でも身体的な障害があるものには機械の体が与えられ、凶悪犯罪やテロ対策に駆り出されることとなった。

みんな元気に敵を粉砕する。
なぜ宗教観の違いなどからテロが起こって鎮圧して、それを繰り返す。
子供たちの記憶も時には改竄され、のちに支障が出ないようにされる。

あれ、なんかおかしい。
表向きは美少女たちが戦って、彼女らの内面に踏み込むことである種の感動的なシーンも用意されているが、おかしい世界ではあるよな。

現在もいろんなところで緊張が走っている。
別に1~2年後に大きな戦争が起こって、それが長く続いたとしてもおかしくない。そんな状態になりつつある。

SF的な要素はこの際、置いといたとしてもあまり笑えない話なような気もするんだよな…

ライトノベルという種類に分別されても、ちょっとした警鐘もおりまぜた物語である気がした。

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スプライトシュピーゲル SPRITE SPIEGEL 2
Seven Angels Coming

冲方丁
イラスト:はいむらきよたか
富士見ファンタジア文庫
ドラゴンマガジン連載
(2007.7/24読了)

神話なんてどれも似たようなもんだ。何か願えば、すぐ報いを受ける。盲目になる、歩けなくなる、閉じ込められる、殺される。まるで何かを願うこと自体、悪だというようじゃないか?

『スプライトシュピーゲル 2』本文より

『オイレンシュピーゲル』と対をなす『スプライトシュピーゲル』。
違う人物、違う機関だけれども「2巻」は同じ事件を扱っている。

だいたいの感想は『オイレンシュピーゲル』の2巻と同じ。

今回のスプライトから感じたのは「ナショナリズム」かな、と。

事件を起こしたテロリストたちがなくした国。
もう存在しない。
しかし、亡国こそが自分の国であるというナショナリズムを持って行動していた。

普段、日本で生活している限りではナショナリズムを感じることはないだけにちょっと心が揺らいだ。
この物語の中では日本はすでに亡国であるから、かな。

 

聖書からの引用や人種問題とかを堂々と出してくるあたり、やっぱりこのシリーズは好み。

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スプライトシュピーゲル SPRITE SPIEGEL 3
いかづちの日と自由の朝

冲方丁
イラスト:はいむらきよたか
富士見ファンタジア文庫
ドラゴンマガジン連載
(2007.11/5読了)

「複数の高官暗殺。大型兵器の都市流入。広範囲にわたる襲撃、ウィルスに電子テロ計画か……」
「その全てが二十四時間以内に決行される可能性があります、エドワルト州知事様」

『スプライトシュピーゲル 3』本文より

冲方丁の『スプライトシュピーゲル』3巻。

MSSが今回活躍するのは対テロの二十四時間におよぶ戦い。
次から次へと起こるテロ攻撃を防ぎながら、事の真相=犯人を追い求めるという内容。

しかも1時間ずつ物語は進行していく…ってTVドラマの『24-Twenty Four-』かよっ(笑

信頼と裏切り、誰が信用できて、誰が疑わしいのか。
テロと戦いながらという緊張感を保ちつつも、登場人物同士のドラマもかなり見ものになっていた巻だった。

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スプライトシュピーゲル SPRITE SPIEGEL 4
テンペスト

冲方丁
イラスト:はいむらきよたか
富士見ファンタジア文庫
ドラゴンマガジン連載
(2008.5/7読了)

まさにこれが自分のやるべきことだった。嫌なことだらけのこの都市で――守るべき人物を守るために――これほど大勢の命を奪った。この自分が――破綻した国家で貧窮にあえぐ弱者である民を。

『スプライトシュピーゲル 4』本文より

富士見ファンタジア史上最厚の本となった『スプライトシュピーゲル』。
カオスレギオンの時も相当な厚さだったけれども悠々とそれらをも超えていったな。

4巻目ということでクライマックスに向けての序章という感じだろうか。
そしてこれまで以上にこの仮想世界にどんどん「現実」が入り込んできた気がする。

軍事力を持つとはどういうことか。
いま世界で起きている問題は何故起こっているのか。

確かにフィクションゆえに架空のことも多いけれども、そこに含まれる実際に起きている事件を織り込んでいく手法にドキドキした。
ラノベでこのネタは大丈夫なのか。

いやいや、こういうものもあってしかるべきだ。
ダルフール問題やダイヤの5つ目のCがもたらすブラッド・ダイヤモンドの問題などなど。

他にもTRPGという手法を使って、いままさに起きはじめている危機や今までに歴史が行ってきた間違いなどをキャラクターたちが擬似的に遊んでみたりするなどのそれこそ「遊び」の要素も卓越してるよなぁ。

ライトノベルという枠で囲んでしまうには非常に惜しい作品です。
むしろ富士見以外でもSFとしてそのうち展開してほしいなぁ。

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ばいばい、アース Ⅰ
理由の少女

冲方丁
表紙イラスト:キム・ヒョンテ
角川文庫
(2007.9/25読了)

私が何者で、何処から来て、何処へ行けばいいのか、知りたいんだ

『ばいばい、アース Ⅰ』本文より

冲方丁の『ばいばい、アース』4分冊で刊行開始。
2000年に出た超極厚の本がようやく文庫に。

まるで他人を拒否しているような分厚さと値段と濃厚さゆえになかなか文庫化もされなかったんだろうな。

マルドゥック以前の本だったし、まだこの頃は冲方丁はまったく名前が売れてなかった時期だったし。

人がみな自分だけの武器を持ち、人と武器がハーモニーを奏でなるかのようにになって戦う世界。
主人公の特徴を持たない少女は自らのルーツを知るために戦い続ける。

まるでその武器という個性を持っているようで、戦っている様がいわゆる人生そのもののよう。

台詞の一つ一つをとってみても登場人物の生き様を表していると言っても過言じゃない。
なんか台詞が重いんだよな。
だから、あまりに個性的すぎる世界が出来上がっている。

独特な世界観の中に登場人物がいるんじゃなくて、登場人物たちが独特の世界を作り上げているとでもいうんだろうか。

1巻の中身はまだまだプロローグ的。
2巻からはまだまだおもしろくなりそう。

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ばいばい、アース Ⅱ
懐疑者と鍵

冲方丁
表紙イラスト:キム・ヒョンテ
角川文庫
(2007.11/7読了)

誰も助けてくれないじゃないか。なんで……一人ぐらい私を支えてくれたっていいじゃないか。私を救ってくれたっていいじゃないか。どうして私はこんなにも一人なんだよ。どうしていつまでたっても私は、この―

『ばいばい、アース Ⅱ』本文より

冲方丁の『ばいばい、アース』全4巻の2冊目。

のっぺらぼうのラブラック=ベル。
彼女は相棒の剣と共に自分のルーツを探すために旅へ出て、様々な人や思想や理念と出会っては別れを繰り返す。

自らの生き方を剣に託し、剣もそれに答える。
そんな世界で剣と共に自分の行き方を探していく。

1巻で序章も終わり、2巻では色んな人の生き様が見られた。
そして彼らと関わることで、成長していくベル。

自分のルーツを知るためにたった一人で旅をして…
けれども決して本当に一人というわけではなかった。

なんだろうな。
ファンタジーの話であるのに、まさに現実にある誰かの人生そのものを見ているかのようだ。

特にのっぺらぼうで、傍から見るととても魅力的なのに自分に特徴がないように思っているベルだからこそ、この旅が自分自身を見つける=自分を自分として認識するための旅であるようだ。
ルーツを見つけるっていうのはそういうものなのかもな……

人生なんていう、どこまでも続く自分探しの旅を続けているのは読んでる側も同じ。
だからだろうか。
随分いろんなところで共感できた気がする。

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ばいばい、アース Ⅲ
爪先立ちて望みしは

冲方丁
表紙イラスト:キム・ヒョンテ
角川文庫
(2007.12/2読了)

彼女たちはここに来て、これまでとは違う力を得ようとしているんだ。僕らとは次元の違った力を。彼女が僕らの範疇から外れるとき、きっと僕らの道にも波乱が起こる……

『ばいばい、アース Ⅲ』本文より

「ばいばい、アース」3冊目。
起承転結でいうならまさしく「転」。

1~2巻がこの世界の説明やラブラック・ベルの成長について描かれていたとしたら、この3巻ではラブラック・ベルが自らどんどん変化していき「型」から離れていこうとするような感じがする。

まるで自分のルーツ探しから、自分自身を創っていっているかのような…

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ばいばい、アース Ⅳ
今ここに在る者

冲方丁
表紙イラスト:キム・ヒョンテ
角川文庫
(2008.3/5読了)

「私は、自由になりたい。自分の由縁を知りたいんだ。もっと別の場所でも、自分を試みてみたい。そうしなきゃ、判らないことが多すぎるから」

『ばいばい、アース Ⅳ』本文より

「ばいばい、アース」最終巻。
解説は大森望。

自分の存在意義を探し続けたファンタジー…これをファンタジーといっていいのか。
いや、なんかそもそもこれをジャンル分けすること事態ができないような気がする。
ファンタジーのような要素はたくさんあるけれども、SFと言っても過言じゃない。
なんなんだろうこの小説。
とにかく世界観の壮大さがすさまじいものであったと思う。

剣で音楽を奏でるかのように戦い、フランス語もドイツ語もラテン語も入り混じる言語が飛び交う世界。
それはさながら、言語が混同されルーツが辿れなくなった未来の世界のようでもあり、幻想的な世界のような気がする。

なんとも最初から最後まで「言葉」そのものの持つ力というものにこだわり抜いたそんな本だったように思った。

この本を語るにふさわしい言葉が見つからないのだけれども、とにかくこの物語の世界に入っていけた後はもう圧倒され続けた(笑

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マルドゥック・スクランブル
THE First Compression-圧縮

冲方丁
ハヤカワ文庫JA
(2006.10/29読了)

俺も、君と同じように、自分が何者かという実感を得ようとしている。自分がそれを手に入れたのだ、という実感を。

『マルドゥック・スクランブル 1』本文より

「マルドゥック・スクランブル-09」。
悲惨な戦争によって使用が禁じられた技術。
しかし、特例の「スクランブル-09」が発令されると使用が許可される。
それを使って瀕死の状態から蘇らされた少女娼婦のバロットと万能兵器であるウフコックの戦いが描かれる。

読んでて思わず唸るSF。
ハードな世界観にどことなく破滅的な未来観。
それに疾走感のようなものが加わって一気にひきずりこまされ読まされるタイプだよなぁ。

登場人物の誰もが自分自身に対しての疑問を抱きながら生きる、というのはどこか現代に通じるものがあるよな…。

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マルドゥック・スクランブル
The Second Cobbustion-燃焼

冲方丁
ハヤカワ文庫JA
(2006.10/30読了)

せめて今あるチップを全部使って届くとこまでは行きたい

『マルドゥック・スクランブル 2』本文より

マルドゥック・スクランブル2巻。

バロットが自分が何者なのかということを不意に悟るシーンとかたまらなくいいよなぁ。

それもいいけど、今回の話の「証拠」をつかむためにカジノの100万ドルコインを手に入れなければならない。
その本気と本気のカジノでの真剣勝負がすごいカッコいい。
小説でここまで読ませてくるってのはある意味異常。
このシーンのためだけに読む価値すらある気がする。

スピナーのベル・ウィングの仕草の一つ一つがプロを思わせるし、自分の人生とルーレットにたとえて本気の勝負を仕掛けるところなんかゾクゾクくる(笑

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マルドゥック・スクランブル
The Third Exhaust-排気

冲方丁
ハヤカワ文庫JA
(2006.10/31読了)

我々が生きていること自体が偶然なんだ。そんなこと、ちっとも不思議じゃないじゃないか?偶然とは、神が人間に与えたものの中で最も本質的なものだ。そして我々は、その偶然の中から、自分の根拠を見つける変な生き物だ。必然というやつを

『マルドゥック・スクランブル 3』本文より

マルドゥック・スクランブル第3巻にして最終巻。

最後の100万ドルコインを奪取するためのBJからスタート。
あらゆる戦略を駆使し、勝ち上がり、
カジノという題材を使って存在意義を見出せなかった者たち、ひいては人間の本質に迫るこのカジノ編は秀逸過ぎる。

そして序盤から伏線を張られていたストーリーを回収し、クライマックスへ。

ラストが近づくにつれ読破してしまうのが惜しくなってくる。
まだ何か浸っていたいかのような気分にさせられる。
それほどにすごく没頭できるシリーズだ。

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マルドゥック・ヴェロシティ 1

冲方丁
ハヤカワ文庫JA
(2006.11/10読了)

俺は殺害に加担したんだ。そのことを受け入れるために、俺は俺がどんな有用性を持つかを明らかにしなければいけない。俺もいつか必ず死ぬ。それがいつかはわからない。それまでに俺は見つけ出さなければいけないんだ。俺自身の有用性を

『マルドゥック・ヴェロシティ 1』本文より

マルドゥック・スクランブルの過去編。
ボイルドとウフコックが主人公。

自らの「存在意義」を問うSFだった。
何故自分は"そこ"に存在するのか。

しかし、結末はすでに読者が「マルドゥック・スクランブル」を読んでいた場合には分かっている。

なぜボイルドは堕ちたのか。
まだ1巻の時点では明らかな前兆というものがなかったような気がする。

 

とにかく2巻の発売日「11月15日」を楽しみに待つ!
ってか1週間に1冊刊行ってえらくスゴイことやってのけるよなぁ 。

そして最終巻は「11月22日」!
あと2週間ないのか!(゜Д、゜)

一体どんな真相が書かれているのかが非常に楽しみなところ。

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マルドゥック・ヴェロシティ 2

冲方丁
ハヤカワ文庫JA
(2006.11/17読了)

「あなた、怖いものが好きなのよ。自分の中の何かと釣り合うものを求めてるってことかしら」
「そうだ。両方とも、お前が与えてくれた」
「二人とも、恐怖の中で愛する素質に恵まれているわね」

『マルドゥック・ヴェロシティ 2』本文より

マルドゥック・ヴェロシティ2巻。
3週連続刊行の第2週目。

作品内の空気が腐ってきたことで重厚感が重苦しくのしかかってきた。
希望や明るさなんてのがなくなり、ただ虚無と絶望の中を突っ走る疾走感が出てきている。

自らの有用性、存在証明を立てるという生物としての証を求めるがために、というだけに堕ちていく。

救いなんてもとからこの物語にはないということは分かっていたけれども、ここまでだとは思わなかった。
次で「ヴェロシティ」と「スクランブル」の物語が交差する、か…

最終巻は11月22日。
1週間後。

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マルドゥック・ヴェロシティ 3

冲方丁
ハヤカワ文庫JA
(2006.11/24読了)

大男とネズミ― 恐怖の瞬間を味わう一人と一匹。
そして恐怖が導く変化。止めようもなく。一方は悲しみと怒りへ― 一方は虚無へ。

『マルドゥック・ヴェロシティ 3』本文より

マルドゥック・ヴェロシティ完結巻。
3週連続刊行もこれで終幕。

特殊な能力を持って事態を収拾するエキスパートたち。
だが、一人また一人と消えていき…
ボイルドは一人、虚無へと向かって突き進んでいく。

走馬灯。
胡蝶の夢。
死の直前に見る自らの記憶。
あぁこれがマルドゥック・スクランブルでボイルドが見せた虚無の真相=深層か…

予想はしてたけれども、あまりに重厚な物語だった…。
スゴイ!!

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微睡みのセフィロト
Suspended Sephiroth

冲方丁
表紙イラスト:伊藤真美
徳間デュアル文庫
(2008.5/26読了)

涙が溢れた。泣きながらも、どこかで心は晴れていた。許すという言葉が、少しずつ胸中に広がり、やがて、あの花の香りとともに、再びパットの心を満たすようだった。

『微睡みのセフィロト』本文より

冲方丁の中篇『微睡みのセフィロト』を再読。
イラストはピルグリム・イェーガーの伊藤真美。

デュアルノヴェラという徳間デュアル文庫のワンコイン文庫。
なので短め。

だが、これに関しては短い物語だけれどもものすごく濃い。
確かにデュアル文庫という性質上いわゆるライトノベルを卒業したような人向けのものだが、ここまで作りこまれた世界観の中篇だとある意味引く(笑

ハードなSF。
それでいてハードボイルドを貫いている。

なんというかSF初心者お断りな雰囲気すら漂っている。
それだけ世界観がしっかりしすぎているとでも言うんだろうか。

読者が世界へ入る込むための導入部分なんてなく最初から最後までフルスロットル。
そんな感じのSFです。

まず第6感のようなものを持つ超感覚者たちといわゆる人間との戦いがあった。
戦いが終結し、再び両者は歩み寄るが亀裂は当然残る。
家族を殺された人間の捜査官と感覚を持つ少女が政府の要人を救う作戦に参加する。
その過程で互いの不信を信頼に変えていき、真相に近づくにつれ捜査官は家族を殺されたときの真相も知ることになる。

 

主人公の捜査官がハードボイルドを貫いているがゆえに、ラストの一気に感情を溢れさせる描写がスゴイ。
うまいこと読み手がどうクライマックスにたどり着くかを予想していたかのような書き方だよなぁ…

あとは後の冲方丁が描く戦闘シーンの前身のようなものも感じられる戦闘描写も見ものかと思います。

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