感想のページ 作者「こ」

断章のグリムⅠ
灰かぶり

甲田学人
イラスト:三日月かける
電撃文庫
(2006.5/22読了)

Missingの作者の新作はグリム童話。
グリム童話は各地の伝承を収集し、アレンジしたものだけれども実際に元となったお話は意外と知られていない。

童話というような童話でなく、むしろ人間の醜悪な話の寄せ集めのような気がしなくもないそんなモチーフ。
それが現実に現れたら…
そんな現実化した悪夢を『悪夢』をもって祓う。
今回のシリーズはそんなお話。

Missingもグロかった。
けれども多分こっちの方が数段上のような気がする。
グロさもそうだけど、誰もが知っているようなお話をいかに恐ろしく見せつつ物語りに入り込ませるかということに関してがパワーアップしてる気がします。
つか描写がっ描写がっ。

灰かぶり=シンデレラ。

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断章のグリムⅡ
ヘンゼルとグレーテル

甲田学人
イラスト:三日月かける
電撃文庫
(2006.12/30読了)

僕はヘンゼルとグレーテルの話について、昔から不思議に思ってた。
どうして魔女は子供なんか来ないような森の深くで、子供をおびき寄せようとしてたんだろう、って

『断章のグリムⅡ』本文より

断章のグリム2巻。

2巻は「ヘンゼルとグレーテル」。

物語が具現化し、悪夢となって現実の中で再現される。
果たして物語の真実とは、一見普通の童話に見えるヘンゼルとグレーテルの持つ知られざることとは。

確かに大人になってから童話に触れると「ん?」と疑問を抱く箇所も多い。
そういうところの謎解きや描写が徹底して日本の生み出したホラーのような感じで描かれているから、恐怖がこの「断章のグリム」の見所なんだろなー。

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断章のグリムⅢ
人魚姫・上

甲田学人
イラスト:三日月かける
電撃文庫
(2007.7/15読了)

日本家屋特有の呑み込まれそうな雰囲気をした深い闇が、千恵の覗く家の中にはただ静かに広がっている。

『断章のグリムⅢ』本文より

ただの地の文がこええぇぇ。
Missingの時でもそりゃ感じたけど、そのときよりもさらにパワーアップしてる気がする。

『断章のグリム』3巻。
グリムを通り越して日本における人魚伝説の話が今巻からの「人魚姫」の話。

猿のような顔に下半身が魚。
そしてそんな人魚を喰うと不老不死になるという伝説。

読み進めていくと人魚伝説に絡め悲しい悲恋の話、そして日本家屋……ってめっちゃホラーじゃないですかっ。

さぁ舞台は整いました。
これからが本当の恐怖との邂逅ですというようなところで終わってるしっ。
これは一気に読み進めろということだろうな。

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断章のグリムⅣ
人魚姫・下

甲田学人
イラスト:三日月かける
電撃文庫
(2007.7/15読了)

未来を閉じて過去だけ見てれば、増えないけれども減りもしない、ささやかな幸せと共に朽ちてゆけるのだものねえ?

『断章のグリムⅣ』本文より

「人魚姫」完結編。

上巻でホラーの要素を満載にして以下続く、になった下巻。
ものの見事にホラーの要素をふんだんに使ってた。

一体誰が「断章」を持ち、人魚姫になぞらえた現象を起こしているのかというミステリしかり、大いに驚愕させたラストのホラーっぷりはこれまで以上。

あぁ。
作者本当にスプラッタが嫌いなんだと思った。
じゃなかったら、ラストなどのスプラッタっぷりは書けないだろうと思う。
実際に気持ち悪いと思いながら書いてるんじゃないだろうか。

逆にスプラッタ表現が嫌いじゃない人の書き方だと「気持ち悪い」ではなく「痛い」で描くと思う。

そのスプラッタですら、物語にしっかりと関係している謎解きの一部であるのだから侮れない(笑

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断章のグリムⅤ
赤ずきん・上

甲田学人
イラスト:三日月かける
電撃文庫
(2007.7/19読了)

……『赤ずきん』に関する膨大な研究の中で有名な説はいくつかあるけど、中でも壮大なのは太陽神神話と絡めて考察したものだね

『断章のグリムⅤ』本文より

「断章のグリム」5巻。
今回は「赤ずきん」がテーマ。

童話と同じ怪異が現実世界に浮き上がってくる。
そんな現象を食い止める物語のシリーズ。

赤ずきんか…
本編の中でもあったけれども、赤ずきんちゃんって死と再生の物語なんだよな。
世界各国あらゆる場所の伝説や神話とおなじような構造。
そんな伝説をまねた物語だったのか、それともまた別の説が披露されて驚けるのか。
次巻に期待。

赤ずきんちゃんも今にして思うと恐ろしい話だよなー。
狼に喰われるというのもしかり
腹の中から生還した後に狼を殺してしまうというのも

狼が人間の言葉を喋ることからしても、狼は何者かを模したキャラクターなのかもしれない。
だとしたら赤ずきんちゃんの話の中だけで食人と殺人が行われているんだよなぁ。

一度くらいはグリム童話をもういっぺん読んでみるべきなのかもしれない、とこのシリーズを読むたびに思う(笑

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断章のグリムⅥ
赤ずきん・下

甲田学人
イラスト:三日月かける
電撃文庫
(2007.12/17読了)

石を詰め込んだ死体に、殺した相手に化ける怪物…………断片的だけれども『赤ずきん』が見えてきたね

『断章のグリムⅥ』本文より

『断章のグリム』の赤ずきん下巻。
上巻での赤ずきんに対する大雑把な解釈にはじまり、下巻では怪異が起きて<騎士>たちは<泡禍>の謎を解くために赤ずきんの一つ一つの要素を掘り下げていくが…。

狼の中に入れられる石とは、なぜ狼を招き入れるのか。
赤ずきんに限らず、狼が出てくる童話との関連とかから謎が解かれていくわけだけれども…

うわ('A`)
赤ずきんの本質を『ごまかし』としてきたか。

その本質の中身がある種こどもならではのことであり、純粋で残虐。
それゆえになんとも救われない話だな。

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Missing 3&4
首くくりの物語
首くくりの物語・完結編

甲田学人
イラスト:翠川しん
電撃文庫
(2005.6/28読了)

気がつくと見覚えのない本があった。
そこには持ち出し禁止のスタンプ。
その本を図書館へ返しに行った姉が首を括って自殺。
その本のタイトルは「奈良梨取考」。
この本を読んだ人間が次々に謎の自殺を遂げていく。

現代都市伝説ホラーファンタジー。
3巻と4巻は禁書を巡る物語。
読んだ人は必ず自殺をしてしまう本。
そして学校内にある本に関する噂、
○ 図書館内の持ち出し禁止の本の中には呪われた本が混じっている。
○ 著者が死んだ後に出た本は読んではいけない。読むと向こうの世界へと…
○ 本を読んでいる最中に寒気がしたら振り返ってはいけない。そこには死者がいる…

どこにでもありがちな、
しかし小説という媒体でなければ出せない怖さである。
読者が読んでいるものは本自身。
この本と向き合っている時に上のような要素が重要なこととなってくる。
この内容は映像で見せても、耳で聞かせても小説ほどの怖さはきっと出ないだろうな。

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Missing 5
目隠しの物語

甲田学人
イラスト:翠川しん
電撃文庫
(2005.7/1読了)

コックリさんを呼び出した儀式の直後から、
目隠しをした「そうじさん」が学校や寮に出没しはじめる。
「そうじさん」が示した「みんなつれてく」の意味とは一体…

Missing5巻はコックリさん。
コックリさんだけでなく、この巻の見どころはやはり「そうじさま」の存在。
幼少期に神隠しにあった魔王様の弟でやはり神隠しにあっている。
しかし、こちらへ帰ってこられたのは魔王様のみ。
なぜ弟がこっくりさんとなっているのか。
あちらへ何故連れて行こうとしているのか。
見どころ満載です。

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Missing 6&7
合わせ鏡の物語
合わせ鏡の物語 完結編

甲田学人
イラスト:翠川しん
電撃文庫
(2005.7/2読了)

美術部の展示「鏡の中の七不思議」には魔王さまこと空目恭一たちが出遭ってきた
これまでの様々な事件が描かれていた。
この絵の作者とは一体誰なのか!?

鏡にまつわる不思議
午前二時に鏡を見ると死んだ人が映る
午前四時に読むと鏡の中に引き込まれる
午前12時に洗面器に水を張り剃刀を口にくわえて覗き込むと結婚相手の顔が映る。
鏡像にまつわる話とは色々とあるものです。
午前3時33分とか午後4時44分なんかにもなんかあったとは
思うんですが覚えていません。
そんな鏡に関する怪異が今回のテーマ。

小学校の時夜中に起きてしまった時、怖くて見れなかったものはやっぱり鏡でしたね。
自分が「視ているもの」というものは信用できるんですが、
鏡のように映すものには信用できないんでしょうか。
静寂の中、そして人工の明かりも自然の明るさもまったくない。
そんな状況で見る「鏡」という存在が恐ろしいのでしょうか。
世の中には目に見えない存在はある。
そうどこかで感じるものがあったり、どこかで影響を受けたりすることで
「それ」を信じようとした結果なのかもしれません。
自分には霊とかは「見えない」けれど「見える」という人はいる。
どこに差があるのか。
人間の目には見えなくても、実際に存在するものを正確に「映しとる」
鏡には映っているんじゃなかろうかと無意識に思っていたのかもなぁ。

今でも夜中に見る鏡は少々苦手です。
もはやなんか学校の怪談系の話は(今でも)大好きだがトラウマになってるようだw

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Missing 8
生贄の物語

甲田学人
イラスト:翠川しん
電撃文庫
(2005.7/6読了)

ついに学園の7不思議が揃う。
誰にも知られない七番目の物語。
その昔、既婚者の先生に恋した少女が先生に殺され
女子寮の壁に生きたまま塗りこめられたという。
その少女の怪異が今現代に甦る。

生贄、人柱、人身御供。
自分たちの生活を守るために、神に捧げられてきた人々。
日本でもつい百年前まではごく当たり前に行なわれていた。
目に見えないナニカを信じ、恐れる人々。
それはなにも昔のことというわけじゃない。
現代でだって人には恐れる対象がある。
人の想いや感情である。
自分は人にどう思われているのか。
嫌われているのか怨まれているのか、
そんな不安と日々向き合って生きている。
人の怒りなどの矛先を自分から他の人へそらすようにすることはないだろうか。
そういったことこそ代替者=生贄である。
要するに生贄なんてものは現代ではありえない、
いやいやそんなことはない生贄は今でも存在するよ、ってね。
まぁ現在でも最もおそろしい存在っていうのは人間そのものなんじゃないかな。

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Missing 9~11
座敷童の物語
続・座敷童の物語
座敷童の物語・完結編

甲田学人
イラスト:翠川しん
電撃文庫
(2005.7/8読了)

学園の七不思議は解かれ、魔女はこちらの世界へと帰還した。
彼女を慕うものたち、異界より帰還した者たちと共に。
魔王様・空目の思惑
魔女の思惑
黒服たちの思惑
様々な想いを乗せた物語は転へと移行し、結末へ向かって加速する。

Missingの9巻から11巻。
次の神降ろしの物語で完結。

今回の感想の中でも中核となっているは神隠しについて思うところを。
魔女が帰還した、異界から帰ってきたということで。

人が忽然と姿を消して戻ってこなかった。
もしくは姿を消してから何年もしてから戻ってくるが容姿がその時のままだった。
いわゆる神隠し。
後者は語ると長いので前者について。
日本で身分の格差が激しかった時代。
お上から多くの税をとられ、ただ食べていくことしかできなかったとき。
農民たちは学ぶこともできず土地に縛られ続けた。
そんな人たちにとってその土地を離れず領主のために働き続けたのは何故なのか。
外の世界を知らなかったからではないだろうか。
学ぶことができなければ自分たちのコミュニティ以外のことを知る術はない。
それゆえに一箇所に留まり続ける。
神隠しは外の世界へ出たために起ったことといえなくはないだろうか。

魔女はそういった「別世界」から「こっちの世界」へ帰ってきた。
外の知識をこちら側に運んだ。
こちら側では理解できないこと、信じられないような常識外のこと。
それらを「こちら側」に持ってきた魔女の想い描く世界とは一体なにか!?
最後の物語が非常に楽しみです。

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Missing 12~13
神降ろしの物語
神降ろしの物語 完結編

甲田学人
イラスト:翠川しん
電撃文庫
(2005.7/11読了)

Missingの最終話。
魔女が帰還し、「あちらの」神を「こちら」へ迎え世界を変革しようとする。

神を降ろすということはこの世界のルールを神のために書き換えると言うことと同義であると思う。
それはすなわちこちらの世界を一度壊し、新しいルールの元に世界を再生するということ。
そこまでして人は一体なにを望むのか。
実際に神を降ろすことはできないが、それを望む人々はいる。
ユートピアを作り上げる、至上の楽園を。
もし、そんな世界があるとするならば、何者か、もしくは何かによって感情も思考も制御されている、
そんな世界なんじゃないだろうか。

じゃあそれって本当に楽園なのだろうか、って考えると、ね。

都市伝説にまつわる物語もこれにてお仕舞。
読み始めた当初はここまで長くなるとも思わなかったけれどもすごく満足。
学校の怪談が流行った世代だったもんで余計に楽しく読めたように思う(笑

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小杉健治
集英社文庫
(2008.7/7読了)

――いわゆる正義感である。それはかたくななほど法の番人を任じており、感情に左右されず、事実をのみ重んじ、一見冷徹に見えるほど、被告人をつき放し、事実を追求しようとする。
この人物評のとおり、伊勢裁判長は細面の顔につめたい目をあてはめた表情をしていた。

『絆』本文より

小杉健治の『絆』。
夫殺しの事件の法廷劇ミステリ。

もう最初の200ページくらいがずっと淡々と法廷でのやりとりだったので読むのが苦痛だった。
が、ラスト1/3が「絆」を感じる感動方面へ。
そして読者に対していわゆる一般の人がもつ「常識」を逆手にとったひとつにトリックに言葉が詰まった。

た…確かに。
いわゆる不自由なく生きている人の常識に囚われすぎていたかもしれない。

その考えさせられるテーマに脱帽です。
これが出版されてから15年以上経っているにも関わらず、人間の一般的な考えというものはそんなに進んじゃいないのかもな orz

あとラストの1行に込められた作者の想いの力強さを感じました。

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接近

古処誠二
新潮文庫
(2006.7/29読了)

昭和20年。
沖縄にアメリカ軍が上陸した時の話。

古処誠二の描く戦争もの。

 

沖縄の少年から見た第二次世界大戦。
守ってくれるはずの日本兵は沖縄に住む人たちを守るべきものとみなさず、アメリカ兵からも攻撃を受ける。

沖縄に住む人たちにとってあの戦争は一体なんだったのか。
なぜ巻き込まれなければならなかったのか。
食料を奪われ、それが済んだら用済み。
スパイと疑われ無実の罪でも殺されていく。

戦時下での過酷さと厳しさと虚しさが短い物語の中に密度濃く描かれています。

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七月七日

古処誠二
集英社文庫
(2008.6/28読了)

ショーティーは卓越した日本語を買われ、陸軍情報部の日本語学校へ送られた。
日本人の子として恥じぬよう、アメリカのために全力を尽くす。
日本人の忠誠を疑う声を、戦争が終わるまでに必ず吹き飛ばす。
同期生と掲げたスローガンは決して達成不可能なものではなかった。

『七月七日』本文より

古処誠二の『七月七日』。
古処誠二なのでもちろん太平洋戦争の話。
文庫版は加筆もされているようです。

日系二世としてアメリカ軍に所属するショーティー。
アメリカ軍として日本軍と戦い、日本の兵に投降を勧める。
アメリカ兵たちには敵兵と同じ顔をしていると疎まれ、日本人には裏切り者とののしられる。
そんな中で彼は何を思ったか。

もちろんハッピーエンドなんて望んでないけどさ orz
こういう展開になるのもそりゃ予想はできたさ…

日本を知らない日本人。
もちろん勉強もした、けれども彼はサンフランシスコで育ち学んだ人間。
日系人でアメリカへの忠誠を誓わなければ財産も没収。
そんな中で彼は必死に勉強し、天皇も敬わうことも許されず、ただ認められるために必死だったというのが…
そして、アメリカの地で宗教的にも弾圧を受け、それでもアメリカと日本の戦争を止める為に橋渡しになろうとする。

しかし、報われない。
もちろん言語を解すことができるというのは効果的。
それでも日本とアメリカの間の溝を埋めることができないもどかしさ。
さらに戦闘の最前線でのあまりにも非情な光景。
自分は日本人を救うために必死に説得しているにも関わらず、それを救えないことに対する絶望感。

もう読んでてたまらない orz
アメリカの日系人の話は聞いたことがあって、かなり悲惨な状況に追い込まれたというのはもちろん知っていた。
けれども、その時どんなだったかというのはこの小説で思い知らされた気がする。

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敵影

古処誠二
新潮社
(2008.10/11読了)

「死んでいないのが罪だとは悲しいよ」

『敵影』本文より

古処誠二の『敵影』。

昭和20年8月14日。
終戦の前日の話。

遥か南の沖縄の捕虜収容所で敗戦の色が濃くなっていく時に、ふたりの人間を探す男がいた。

なにが正しく、なにが悪なのか。
いや、正義や悪などここでは描かれない。

見えない「敵影」が描かれる。

誰が味方で敵なのか。
それすらも分からない。
本当はそんな区別などないような中で、人は「敵」を探し求める。

古処誠二の戦争小説はこれまで様々な極限状態を描いていた。
そんな中でもこれはかなり特異な小説だろうと思える。

特定の環境下での状態であるのは確かなのだが敵を求める本能というか敵を探し倒す醜さ、そして変わらないことの尊厳を描いているとでも言えばいいのだろうか…

誰が悪いわけでもない、戦争が終わりそうだからみんなハッピーに戻れる。
そういうわけではない。

戦いから離れてもなお、社会が変わっていこうとも離れられない戦いというものを見た気がした。
そこに尊厳も醜さもあり、それがまた何か読み手にダイレクトにメッセージを投げかけてくれる、そんな本でした。

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分岐点

古処誠二
双葉社
(2008.1/30読了)

「いいな片桐。足元を見失うな。体制がどう変わろうと、軍に身を置く人間の本懐は変わらん」
ともすれば独り言にも思える気配で、上官は最後に言った。
「子供たちを死なせるな」

『分岐点』本文より

古処誠二の第二次世界大戦を描いた小説『分岐点』。

1945年。
軍は中学生までも動員し、戦っていた。
下士官たちは使えない人間を統率しなければいけないことに疲弊し、物資が尽き、無謀な作戦を行おうとする軍に苛立ちを覚えていた。

そんな終戦間際の様々な立場の人間の『分岐点』を描いた作品。
中学生、女学生、下仕官、少尉etc

当時の体制による情報を制限した教育により生まれた歪んだ考えを持つ子供たち。
そういった正常、当たり前のことすら知ることを許されず動員され死地に赴かされる。
そんなのはおかしい。

だから戦争は悲惨でするべきではないのだ。
そうした戦争を生み出したということを記憶にとどめて生きる必要がある…

確かにそうだ。
けれどもそんなことを言うのは簡単なんだけど、この小説はもっと深いところまで考えさせられる小説だった。
なんというかよくこれを書いた古処誠二っ(笑

この本を読んだときにそうしたよくある反省ばかりする日本ということも考え物だと思わされた。

なぜ日本は戦争ということをはじめたか。
それをはっきりといえる人ってどれだけいるんだろうか。
そもそもの原因はいつからはじまり、何がきっかけで戦争がはじまることになってしまったのか。
後者は学校で教えられることだけれども、前者を答えられるような人って意外と少ないのではないか。
それを知っていれば一概に日本がすごく悪いということは言えないような気がするのだけれども(笑

アジアを占領し、搾取していた欧米を追い出し平和をもたらそうとしたなどの理由もある。
そして自分たちの国を家族を守るために戦って死んでいった人たちもたくさんいる。
その人たちの犠牲の上にいま生きている人たちがいる。

戦いがあるところにはそうした誰かのために戦っていたという想いがあるものだと思う。
だから映画でも戦争を扱ったものにはそういったところに敬意を払っているシーンが多くある。
なぜアメリカはそうした映画を作ってもまったく批判されないのに、日本はある国などから批判されるんでしょうね(笑

そこに戦争を正当化するなんてことは誰も考えてないだろうに…

などということを書いてみたけど別に筆者は右でも左でもないです。

少々話がそれたのでこの本の話へ。
戦時中どんな立場の人たちがどんなことを考え戦争というものに接していたか。
それがこの本の中で描かれている。

日本の内部も攻撃を仕掛けてくるアメリカ兵の誰もがおかしくなっていく戦争の果て、そんな第二次世界大戦の終わりと戦後の始まりという分岐点にたった時に起こった衝突。

戦争の最後に人々は何を考え、何を受け入れ、何を拒否したのか。
まざまざと当時の様子を再現しながら進む物語を読むにつれて、当時のことを考えさせられるそんな本でした。

「ルール」以降の古処誠二の戦争ものは秀逸なのが多いな…
参考文献とかにも結構惹かれます。

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ルール

古処誠二
集英社文庫
(2005.7/24読了)

太平洋戦争末期のフィリピン「ルソン島」。
日本兵はマラリアやゲリラによる攻撃、そして飢餓によって人としての限界に近づいていく。

古処誠二の戦争小説第一弾に加筆修正がされた文庫版。

遠い異国の地で食糧も装備も十分に与えられないまま任務を命ぜられる。
道なき道を歩けば、死体に出くわし、病気も蔓延する。
薬もない、傷が化膿すれば傷口を直接焼く。
食糧もないので、近くにいる虫や植物を食べて飢えをしのぐ。
さらにいつゲリラや敵兵に襲われるかもしれない恐怖。
発狂し、敵兵のところへ笑いながら突撃していく兵士。

人類史上ずっと守られてきた最低限のルール。
そのルールによって人は人として己を保ってきた。
しかし、極限状態まで追い込まれた者たちは暗黙のルールと直面し対峙することになる。

重たいです。
全編ずっと緊張感がただよっていて読む人にも疲労を少々与えてくれます。
が、読む価値は十分にありました。
これが、新生古処誠二か。

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旅好きオヤジの自転車巡礼記

小林健一
枻文庫
(2009.1/19読了)

こんな僕が、定年前後から始めたのが、自転車による四国八十八ヶ所巡りであり、その延長ともいえる旅として、スペインの巡礼も体験した。

『旅好きオヤジの自転車巡礼記』本文より

ちょっと目に付いたので読んでみた。
自転車好きとしても、旅好きとしてもなんとも気になるタイトルだからである。

四国八十八ヶ所の旅。
そしてパリからはじまるスペインのエル・カミーノと呼ばれる巡礼の旅1500km。

そこで出会う人々や景色から得られる感動っていうのがすごく伝わってくる。
文章もさることながら、写真や暖かい手書きイラストとともに収録ってのもすごくいい。
もうこのイラストの暖かさはたまらない。

やっぱり旅っていいよなぁと再確認できた。
こういう一期一会の出会いって好きなんです。

現地の人の話、偶然旅の最中に出会った旅行者や旅人との会話。
それがたまらなく楽しい。
時に人の親切に触れたりしたときにはもうたまらんです。
ありがとうだけじゃ全然たりない(笑

そういう暖かい出会いの数々を読んでいると、この小林さんがたどった道を同じように行ってみたいなぁと思った。
海外へ自転車もって行って旅をする計画はあるんだけど、このスペイン巡礼もものすごく楽しそうだ。
行きたいなぁ。

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かしまし ~ガール・ミーツ・ガール~

駒尾真子
原作:あかほりさとる
イラスト:桂遊生丸
キャラクター原案:犬上すくね
電撃文庫
(2008.3/8読了)

女の子としての一日は意外と普通だった。僕は変わってしまったけれど、僕ではない別人になったわけではなかった。それがかえって奇妙に感じられて、僕の心に隙間を作る。

『かしまし ~ガール・ミーツ・ガール~』本文より

TVアニメ化もされた『かしまし』のノベライズをいまさら読んでみた。

宇宙人によって男の子から女の子にされてしまった主人公。
今までとは違う女の子としての生活。
好きだった女の子との関係は一体どうなるのか。

ものすごく純粋すぎて逆にそこはかとないエロスを感じます(笑
それくらい描写が細やか。
男性視点の作家じゃあこうはいかないんだろう、きっと。

特に恋愛の描写というか友情の描写が絶妙だった。
恋人同士といえども決して入り込めないような一つの境界線。
いわゆる女の子の輪の中の空気っていうのをひしひしと感じた。

これかっ。
この空気があの輪の中の空気なのかっ(笑

男の子が女の子になる話ということか主人公を「オネニーサマ」と慕う宇宙人が出てくるわけだけど、「オネニーサマ」って(笑
うわー。
もーなんという懐かしい単語だ。
「MAZE☆爆熱時空」のミルじゃないか(笑
もうあの作品も10年前のになるんだよなぁ。
懐かしさも感じるわけだ。

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日本沈没 上

小松左京
小学館文庫
(2006.10/11読了)

われわれは、まだ、この地球について、爪先でひっかいたぐらいのことしか知らんのだよ

『日本沈没 上』本文より

2006年に公開された映画「日本沈没」の原作。
…内容はだいぶ違うがな!

ものすごいSF。
映画では映像で見せれることを読者に想像させるために、これでもかというくらい色んな描写がされてる。

少しずつ少しずつ調べて違和感見つけて、検証して、確信していって…
そして実際に大きな災害が起こり始める、ってところで終わりやがったー

ここから政府と海外の国々とのかけひき、1億2000万の人々をどうするか。
そういったクライシスものへと一気に畳み掛けるだろうなぁ。
下巻が楽しみ。

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日本沈没 下

小松左京
小学館文庫
(2006.10/16読了)

まだまにあいます-日本が完全に沈みきるまでには、あと最低四、五ヶ月はあります

『日本沈没 下』本文より

上巻が終わり、下巻に突入すると日本列島は終局へとひらすら向かう。
そこに政治的な駆け引きなどが加わり、ラストには読者に疑問がぶつけられた。

なにげなく生きているけど「日本」ってあんたたちにとってなんなんだ?

そう問われた気がした。
ただここで生きてるだけだけれども、なにかきっかけがないとそんなこと考えもしないからなぁ。

スペクタクルで政治的であり、社会的でもあり、ナショナリズムを問うえらく濃いSF小説だったな…

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家庭教師ヒットマンREBORN! 隠し弾1
骸・幻想

原作:天野明
小説:子安秀明
JUMP J BOOKS
(2007.12/4読了)

「だからといってここまでしていいわけがない!暴力に暴力で返すなんて絶対にあってはいけないんだ!」
「…………」
「六道!キミたちがやめないというのなら僕は……」
「どうすると?」

『家庭教師ヒットマンREBORN! 隠し弾1』本文より

『家庭教師ヒットマンREBORN!』の小説版1巻。
「1」とナンバリングされているということは2も出すかもしれないということかな。

収録話:
・跳ね馬爆走!
・殺し屋二人
・コロシヤクエスト
・骸・幻想

見事なまでにサブキャラたちを扱った短編が4本。
主人公や脇役たちが全然いねーー(笑

でも小説だからこそサブキャラたちを掘り下げて世界観を広げることができたのかもしれない。
本編では触れられることのなさそうな話ばかりだったしなぁ。

この1巻の中ではディーノの昔の話の「跳ね馬爆走!」と骸をとりまく不可思議な世界を描いた「骸・幻想」が特によかった。

「骸」に関しては今までのようにキャラとそのキャラの周りの世界を掘り下げるんだという話だと思って軽く読んでたもんだから随分と驚かされた。
短編小説としてのひねりっぷりがいい感じに効いた話でした。

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