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リミット

野沢尚
講談社文庫
(2006.6/23読了)

連続幼児誘拐事件。
それを追う女刑事。
しかし、事件の被害者となってしまった彼女は警察としてではなく一人の母親として事件を追う。
犯人側と警察を敵に回した彼女の行く末は…。

あらすじを読んでもまったく食指が動かなかった。
読んでみたら一気に読めた。
しかし、何度本を途中で読むのをやめようと思ったか。

中盤に差し掛かるとものすごく内容が重苦しくなってくる。
事件の背後で蠢く、犯人側。
そして囚われた幼児たちの生への執着。
そして乳児誘拐事件の真の目的。
どうにかしてでも助けようとする母親。

すさまじいまでの極限状態が描かれてます。
これが、さまざまなドラマを制作し、そして乱歩賞まで取った作者の強みか…。
映像ではなく文章ならではの伝え方だなぁ。

もし、自分の子供が誘拐されたら?
そんなことはまぁあり得ないだろう。
いつだって自分の身に降りかかるようなことなのかもしれない…

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しゃぼん玉

乃南アサ
新潮文庫
(2008.3/14読了)

「天気よし、空気よし、体も健康なら、飯も旨い。そげん朝に、渋しい面つきする理由がどこにあると」
「だって――」
「ああ?」
「だって――」
つい、文句を言いそうになって息を吸い込んだとき、もうゲンコツが飛んできた。
「てっ。なんだよ、シゲ爺っ!」
「何だよは、おめえだ。娘子みたいに、だってえ、だってえって。男じゃろうが」

『しゃぼん玉』本文より

乃南アサの『しゃぼん玉』

人を殺して逃走中に人からものを奪ってトラックのおっちゃんを脅しetc
そんな彼がたどり着いたのは田舎の農村。
そこで一人の老婆に拾われ世話をされ、やがて村でいろんな仕事を手伝うようになるが…。

全然ダメだ。
合わない合わないと思って最後まで読んでみたらちょっと涙腺が緩んでしまった。

主人公は親の愛情も感じられず常に自暴自棄に生きてきた人間。
将来もさっぱり分からない、やりたいこともない、誰も助けてなんかくれない、興味があるのは自分だけ、あとはみんなただの他人。

だから彼の生き方は非常に刹那的。
そんな彼がはじめて人の温かさに触れ、空気を感じてはじめて生きてみたいと思えるところまでたどり着くその過程がまさか最後にすごく活きてくるとは。

実に陳腐なのだ、話事態は。
それでも彼がどう思って生きてきているか、何事にもやる気も何も見出せなくなる状態ってどういうものなのか、彼の視点でずっと語られているからいつの間にか感情移入できてしまっていた。

途中で投げずに最後まで読んでよかったと思える1作でした。

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一の悲劇

法月綸太郎
祥伝社文庫
(2008.5/15読了)

「俺は気が短いと言ったはずだ。もう取引はない。子供は殺した」
「――殺した?」
「最初からそういう約束だったろう。青梅市郊外にある、青梅保養院のそばの工事現場に、殺して捨てた。いいか、山倉さん。これは、俺の責任じゃない。あんたのせいなんだ。あんたが一番悪いんだ」

『一の悲劇』本文より

法月綸太郎の悲劇シリーズ1冊目。
すべて一人称で描かれる少々特異な長編。

親本が91年ということもあり、時代を感じた。
とすると頼子や雪密室はそれよりも前なんだな…

主人公は法月綸太郎ではないので、読み始めて興味を少々削がれたけれどもラストまで一気に読めた。
やっぱ法月作品だ(笑
ちなみにこの事件では法月警視や法月綸太郎は登場人物のひとりとして登場する。

非常に人物同士の関係が濃密であるために、誘拐殺人事件からはじまる悲劇が実に「悲劇」として描かれている。
主人公も悩む悩む(笑
もうどうしようもないくらいに。

これだ。
こーゆーのが読みたかったんだ(笑

事件の方もいわゆる誘拐殺人ではなく、誘拐する子供を間違えた誘拐ということからも複雑。
複雑なのは冒頭の大きな事件だけでなく、人間関係のややこしさにこそあったんだけども。

その関係が解きほぐされ、事件に関わっていく様は爽快でした。
しかし読後感が激しく悪い(褒め言葉
『頼子のために』と『ふたたび赤い悪夢』の間に書かれた本ということで納得。
ミステリとして見事でいて、どうしようもない読後感もやっぱり魅力でした。

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謎解きが終ったら
法月綸太郎ミステリー論集

法月綸太郎
講談社文庫
(2008.10/29読了)

しかし、クリエイティヴな批評は、そうした無鉄砲な試行錯誤の積み重ねの中からしか生まれないと思う。書評家カルテルの談合まがいで定まった紋切り型のフレーズを持ち回りで手渡していくような流れ作業は、断じて批評の名に値しない。

『謎解きが終ったら』まえがきより

ミステリ作家の法月綸太郎による評論集『謎解きが終ったら』。

探偵小説を探偵小説たらしめている要素についての解説。
そして書かれた時代の背景などから対象となる小説、または作者からなにを読み取れるのか。
法月綸太郎自身の膨大な探偵小説に対する愛と姿勢が感じられるかのよう(笑

小説に対する論じている文章を並べてなにが楽しいか、って上記に書いたようなものこそが面白いのだと思う。
対象小説の作者のバックグラウンドを解き明かしていくかのような切り口はたとえその本を読んでいなくても楽しく読める。
そして読者として知らなかった知識が増えていく。

「そういう考えがあるのか」とか「こういう他の本との関連性があるのか」という発見は、読者としてさらに奥深くへと入っていけるきっかけになったりする。

ただ単に本を「解説」するのではなく逆に謎を示唆されたりすると、その新たな謎を解き明かさんがために他の本に手を出したりとかね(笑

【収録論】
・「誰が浜村龍造を殺そうとかまうものか」
中上健次論
・「フーダニット・サバイバル194× あるいは、フーダニット・リバイバル 1994」
野崎六助『夕焼け探偵帖』
・「フェアプレイの陥穽」
阪口安吾『不連続殺人事件』

・「天然カー」
倉知淳『過ぎ行く風はみどり色』
・「ネバー・セイ、ネバー・アゲイン」
東野圭吾『ある閉ざされた雪の山荘で』
・「復活への、俺の予約を取り消してくれ」
山口雅也『生ける屍の死』
・「座敷童子のいる「館」」
綾辻行人『黒猫館の殺人』
・「現代ミステリーの粋を集めたこのシリーズが、本格ビッグバンのはじまりだった」
山田正紀『女囮捜査官1触覚』
・「ぐりーん・れくいえむ」
竹本健治『緑衣の牙』
・「謎解きが終ったら」
連城三紀彦『変調二人羽織』

・「「贋作ホームズ百周年」を祝う」
ジューン・トムスン『シャーロック・ホームズの秘密ファイル』
・「植民地は女である」
ジャネット・ドーソン『古狐が死ぬまで』
・「デクスターを擁護する」
コリン・デクスター『オックスフォード運河の殺人』
・「セイヤーズを解剖する」
ドロシー・L・セイヤーズ『死体をどうぞ』
・「ニコラス・ブレイクを読む若い人たちのために」
ニコラス・ブレイク『殺しにいたるメモ』
・「エルロイを漂白する」
ジェイムズ・エルロイ『ビッグ・ノーウェア』

・「驚きと感謝をこめて」
瀬戸川猛資『夜明けの睡魔』

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生首に聞いてみろ
THE GORGON'S LOOK

法月綸太郎
角川書店
KADOKAWAミステリ連載
(2007.9/20読了)

「疫病神め。地味な小説の取材だったんじゃないのか?」
「面目ない。こういう事態になるとは、予想できませんでした」
「馬鹿を言え。おまえが関わるといつもこうだ。その顔つきだと、まだほかにも何か知っていることがあるだろう。こっちが忙しくなる前に話してくれ」

『生首に聞いてみろ』本文より

やっぱり法月警視が出てきてから一気に面白くなるな(笑
二人の会話はやっぱり好きだ。

法月綸太郎シリーズ「ふたたび赤い悪夢」以来の長編。

有名な石膏直取りの彫刻家の随分久しぶりのが発表される。
しかし、彼は死んでしまい遺作となったその作品は頭部が切断されて見つかる。

なんていうかな…
もはや傑作。

誰が何のために「頭部」を切ったのか。
そしてその頭部には一体何があったのか。
そこからはじまり、最後まで大きな謎であり、この本自体のテーマでもあった。

核心に迫っては、また逆戻りし、真実へと少しずつ近づいていく。
真実に迫る過程で「関係者が触れられたくないこと」に触れてしまうこともある。
また社会的な問題にも直面し、テーマである石膏という芸術の深くまで読者は知ることになる。
そうやって知ることも楽しいし、法月綸太郎がのリアクションそのものにも共感できるのもまた楽しいもんだ。

そして描かれた内容すべてが事件の真相へと絡んでいく過程がもうたまらない。

こんなのを見せられるといくらでも新作を待つ気になれるってものである(笑

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法月綸太郎の功績

法月綸太郎
講談社文庫
(2005.6/27読了)

収録短編
イコールYの悲劇
中国蝸牛の謎
都市伝説パズル
ABCD包囲網
縊心伝心

本格ミステリ大賞を受賞した法月綸太郎の第3短編集。

探偵であることを悩む法月綸太郎。
事件に首を突っ込み被害者加害者の心の中にまだ踏み込んで行く探偵。
犯人を指摘して「ハイ、事件は終了」とはいかない現実。
これは本当に正しい決断なのか悩みまくるスタンスが法月綸太郎である。
この点は好き嫌いははっきりと分かれるところだろうと思う。

けれどもこの短編集に限って言えば、そこまで悩んでる様子はなかったかな。
なので法月綸太郎初心者にもオススメ。

個人的には頼子三部作並に悩みまくるような長篇が読みたいです。

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