感想のページ 作者「カポーティ」

ティファニーで朝食を
Breakfast at Tiffany's

トルーマン・カポーティ Truman Capote
訳:龍口直太郎
新潮文庫
(2008.5/21読了)

眠りたくもなし、
死にたくもない、
ただ旅して行きたいだけ、
大空の牧場を通って。

『ティファニーで朝食を』本文より

映画『カポーティ』を見て以降、興味を持ち始めたので読んでみた。

映画『ディファニーで朝食を』は好きである。
見たのは随分前だから場面の細かなところはあんまり思い出せないんだけど。
というかヘプバーンが好きなだけだけども。

その時に感じたオシャレな感じは小説版からはあまり感じられなかった。

というよりも、ヒロインのホリーの奔放さへの憧れがかなり前面に出ているように思えた。
それと対比するかのような主人公のどことなく感じる孤独さと当たり前に縛られることに対する微かな苛立ち。

さらにティファニーというう普通ならオシャレや高級な場所に対する感じ方の違いも面白かった。
なにぶんホリーのあらゆるものに対する感覚の持ち方が常識とは外れている、いや自由に楽しんでいるように思える。
その自由さが不安から逃れるための行動であっても。

そういった自由さと不安の同居している人物の描かれ方というのがカポーティの独特の空気を出すよなぁ。
なにか寂しげに見えてくる。

そのような描き方がすごく人間的で好きである(笑

 

次あたりにはそろそろ『冷血』を読みたいところ(笑

龍口直太郎訳版の収録話:
・ティファニーで朝食を (Breakfast at Tiffany's)
・わが家は花ざかり (House of Flowers)
・ダイヤのギター (A Diamond Guiter)
・クリスマスの思い出 (A Christmas Memory)

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遠い声 遠い部屋
OTHER VOICES, OTHER ROOMS

トルーマン・カポーティ Truman Capote
訳:河野一郎
新潮文庫
(2008.8/21読了)

《まっとうな》少年はどんな様子をしていてしかるべきか、彼には彼なりの考えがあったのだ。してこの坊やはいささかその基準からはずれている。

『遠い声 遠い部屋』本文より

トルーマン・カポーティの処女長編。

のっけからしてイヤな光景からはじまる。
そして登場人物たちがなんとも人間くさくて、なんだか的を得た人間の描き方のようでキモチ悪い。
そしてこう…なぜに暗澹たる未来を待つだけの人生を持つ人しか出てこないのだろうか(笑

過去は語るのだけれども、未来は語らない。
むしろ過去にしがみついているというか…

そして主人公を含む少年たちもまるで子供っぽくない。
彼らなりの悩みを抱え、考え行動する様はまるで大人である。

そしてその大人たちが前述したような人たちなものだから、どうしても暗い雰囲気が出てしまう。
40年代後半という時代を考えると、このカポーティの出す小説の空気が受けたというのも時代の流れの影響があったのかもしれない。
そして子供と大人の境界がまるでないかのような描き方がされているのも、どことなくリアリティを感じる。

それにしても、まぁなんともげんなりする小説だった。
でもこれがカポーティの出発点となった小説と考えると納得である(笑

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夜の樹
A TREE OF NIGHT

トルーマン・カポーティ Truman Capote
訳:川本三郎
新潮文庫
(2007.12/5読了)

みんながぼくのことをなんといっているか、そんなことはよくわかっている。ぼくの味方になってくれるか、それともあの連中の肩を持つか、それはきみが勝手に決めることだ。

『夜の樹』収録の『ぼくにだって言いぶんがある』本文より

トルーマン・カポーティの短編集『夜の樹』。

収録話:
・ミリアム Miriam
・夜の樹 A Tree of Night
・夢を売る女 Master Misery
・最後の扉を閉めて Shut a Final Door
・無頭の鷹 The Headless Hawk
・誕生日の子どもたち Children on Their Birthday
・銀の壜 Jug of Silver
・ぼくにだって言いぶんがある My Side of the Matter
・感謝祭のお客 The Thanksgiving Visitor

2005年に映画化された『カポーティ』の予習のために読んでみた。
収録されているのはカポーティが20代の頃に描いたものがほとんど。

カポーティの中でも有名な映画『ティファニーで朝食を』の印象で読み始めると随分とそのギャップに驚かされた。

どの話を読んでも孤独感があふれていた。
最終的に他人を自分の中に受け入れることができないような拒絶感を感じた。

もしかしたらそれは後のカポーティが自分は同性愛者であるとカミングアウトしたことと関係があるのかもしれない。
当時同性愛者はまったく認められていない時代であったわけだし、口が裂けても言ってはいけないことだった。

だからこそこの短編集にも当てはまる「自分を本当に分かってくれる人は誰もいない」というような話が多いように思えるのかもしれないな…

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冷血
IN COLD BLOOD

トルーマン・カポーティ Truman Capote
訳:佐々田雅子
新潮文庫
(2008.9/5読了)

本書の素材は、わたし自身の観察によるものを除けば、すべて、公の記録か、直接の関係者とのインタヴュー、それも多くは相当の長期にわたって何度となくなされたインタヴューから得られたものである。

『冷血』謝辞より

トルーマン・カポーティによるノンフィクション・ノベル『冷血』。
カンザスで起きた一家惨殺事件を取材し、小説化したもの。

小説という形態はとっているものの、ほぼ客観的に描かれており、また実際に起きた事件に対して5年と言う歳月を費やしただけに相当な臨場感が味わえた。

被害者の隣人・知人・裁判に関わった人。
また、犯人にもインタヴューを試み、相当この事件を掘り下げて書かれている。
それが家族という視点、また犯人のバックグラウンドとなる生い立ちに至るまで。

これらの素材を丹念に取材して書かれたものだとするとゾッとする。
一家の死に関わった人たちを実際に掘り下げていき、さらに得たものを本という形態へアウトプットしていったのだとするとよく精神的にもったな、と…

そのあたりについては映画『カポーティ』を既に見ていたので、この本を執筆するにあたってのカポーティの苦悩を知っているからこそ、なおよくもこんな本が書けたなと思えてしまう。

この冷血以降、晩年に至るまでアルコールと薬物による中毒に悩まされたのも理解できた気がする。

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